光明寺の歴史
永仁5年(1297年)に時宗・2代目のお上人であられる他阿真教上人により開山されました。当初は現在地より200メートルほど南の相模湾の海岸近くに創建されたため、海向山 遍照院 光明寺と号します。昭和34年に現在地に移転され、平成8年、開山700年記念事業として『とこしえの塔』が建立されました。現在の住職は、36世 三浦紘善です。
永代供養納骨堂『とこしえの塔』
永代供養納骨堂『とこしえの塔』は、相模の海に向かい、霊峰富士、伊豆・箱根連山を望み、四季折々に変化する小田原市国府津山の緑を背にした静寂な高台に位置しています。
春は境内多数の桜の花が華やかさを競い、夏は『とこしえの塔』を囲む濠に蓮の花が開いて極楽西方浄土を演出します。
『とこしえの塔』を建立した理由
従来のお墓の大部分は、世主家が代々お墓を守り先祖を供養することを義務としています。ところが近年、子供さんがおられない、生涯独身である等の理由で墓地後継者不在の方が増えています。このような場合いずれ無縁墓となってしまいます。本来寺は、墓地後継者の有無にかかわらない供養の場であるはずです。
そこで当光明寺では、平成8年に開創700年記念事業の一環として永代供養納骨堂「とこしえの塔」を建立いたしました。変貌しつつある現代社会の家族の在り方に対応して、ご遺族にかわり光明寺住職及び「とこしえの塔」の会・光明寺檀信徒が、永代にわたりご供養をさせていただきます。ご本人が心から納得され契約をして、歿後の心配から解放され、仏縁をよりどころに残された人生を安心して積極的に生きて頂くための施設でもあります。